目次

第1章現地調査に当たって
第2章 マウントレバノン・シェーカー集落跡地
第3章 シェーカー・ミュージアム
第4章 ハンコック・シェーカー集落跡地
第5章 ハンコック・シェーカー資料館
第6章 カンタベリー・シェーカー集落跡地
第7章 サバスデイレイク ・シェーカー集落跡地
[参考文献、図版出典]

第1章 現地調査にあたって  —調査対象地、目的、方法、シェーカー教のコミュニティと集落の概要、調査活動履歴—

1-1. はじめに

2022年9月、10月に、自身の修士論文「新興宗教組織・シェーカー教団における集落デザインの発展過程—18-19世紀 北米における同団体による集落配置の実際とそのパターン分析—」の研究対象地である、北米に存在したシェーカー教団の集落跡地を訪問した。同論文は、シェーカー教団の築いた22のコミュニティと集落について、設立背景と集落配置の実際、一次資料であるシェーカーが描いたマップを分析し、彼らのコミュニティに関しての理想像を考察した研究である。
今回の渡米調査では、東部に位置する以下の4つの集落を訪問対象とし、建物群の配置や現在の状態を確認しながら現地調査を行った。(図1を参照)
シェーカーの家具や神学に焦点を当てられた研究が多く存在する中で、集落そのものを焦点とする研究は少ない。さらには、シェーカーたちはよく建物を建てたり壊したり移動したこと、そして約200年ほど存在しているため、彼らの集落のかたちや状態は変化が多く、使用方法も変化した。しかし、現在残っているシェーカーの集落跡地がどのように存在し、どのように使用されているかといった記録は、多くない。さらには、日本においての情報収集は、ウェブサイトやブログなどで確認することしかできない。
シェーカーの集落に関する初期と中期の研究を修士論文で行った為、その情報と照らし合わせることで、現在の集落跡地の状況や変遷を、シェーカー集落の歴史の一部として捉えることができると考え、今回の現地調査を実行した。

[A] Mount Lebanon (New Lebanon, NY)
コミュニティ設立年: 1787年
Address: 202 Shaker Road, New Lebanon, NY 12125
What it is: School and residential district
(A-α) Shaker Museum (Chatham, NY)

[B] Hancock (Massachusetts)
Address: 1843 West Housatonic St., Pittsfield, MA 01201
What it is: museum, library and farm

[C] Canterbury (New Hampshire)
Address: 288 Shaker Road, Canterbury, NH 03224
What it is: museum and library

[D] Sabbathday Lake (Maine) (2022年10月現在も、2名のシェーカー教徒が居住している。)
Address: 707 Shaker Rd | New Gloucester, ME 04260
What it is: active Shaker village including farm, museum, and library

図1: 北米におけるシェーカー・コミュニティのプロット 作成: 筆者が、中島拓也「シェーカー・コミュニティの共同住居における空間構造の変遷と連続性」出典のプロットをベースに作成。:

1-2. 目的

・集落跡地の現在の使用方法、状態を確認し、記録すること。
・集落内の建物郡の配置関係、その変遷を確認すること。
・建物用途とその実際の確認、記録をすること。
・立地状況など、マップなどからはわからない、各集落間の違いなどを確認する事。
・現在のシェーカー教徒が実際に居住する場を確認、記録する事。
・日本では確認できない、シェーカーに関する研究の、一次資料や二次資料を確認、入手すること。

1-3. 方法

・集落の核であったチャーチ・ファミリー跡地を中心に、上記の4つの集落を訪問する。
・メイン州のSabbathday Lake コミュニティでの日曜日の礼拝に参加することで居住場を訪問する。
・各集落内では、ツアーに参加するか、もしくは個人的に各建物内を訪問し、建物内外の確認をする。
・各集落の所有する研究機関にて一次資料、二次資料を探す。
・マップを中心に集め、1800年代に多く描かれた集落のマップ、そして筆者執筆の修士論文にて作成した、各集落の建物配置構成ダイアグラムを使用し、現在の建物の名称と以前の使用用途を比較する。

1-4. シェーカー教とそのコミュニティ、集落の歴史

北米におけるシェーカー教とその共同体の活動の歴史は、1774年にアン・リーとイングリッシュ・シェーカーがニューイングランドに到着してから約2年後の1776年に始まった。到着後彼らは、仕事を探し、離れた状態であったが、共に生活をする場所を求め、現在のアップ・ステイト・ニューヨークに位置するウォーターヴリーに土地を購入した。土地を耕し、ログハウスを建て、ひっそりと集会を開き、体を震わせるといった礼拝運動を行っていた。
アン・リーの名前が広がると、彼女を訪ね改宗する者もいたが、1781年にシェーカーたちは布教活動の旅へ出発し、マサチューセッツ州、メイン州、ノースハンプシャー州で宣教を続けた。
その際に訪れた各地を中心に、シェーカー信者たちは集まり、個々の信者はグループとなり、そしてコミュニティとしてみなされるようになった。

その後、アン・リーとジェームス・ウィタカーと二代のイングリッシュ・シェーカーの指導者が亡くなったのち、後継者であったアメリカン・シェーカーのジョセフ・ミーチャムは、シェーカーのアメリカでの歴史を大きく変えた。彼は、メンバーの結束力を高めるとともに、散らばったメンバーを一つの地に集結させ、将来的なありかたを構想したのであった。これがゴスペル・オーダー(Gospel Order)という、シェーカー内の社会構造の秩序を司るもので、ミーチャムによって1787年に施行された。

ゴスペル・オーダーは⼤きく3 つの要素で構成されている。その要素は、(i) 信仰の深さを表すオーダー(序列)、(ii) 各コミュニティ内の⽣活単位であるファミリー・オーダー(制度)、(iii) 各コミュニティと全コミュニティの統治のオーダー(構造)である。
(iii) により、シェーカーは自身らをソサエティ(United Society of Believers in Christ’s Second Appearing)として結束しなおし、彼らの礼拝の場であるミーティング・ハウスを、そして集落を建設しはじめた。各コミュニティはそのメンバーの状態、土地の状態を考慮され、ソサエティに正式に属するかどうかの判断をなされた。この際に、2つのコミュニティが結合され、新たな土地に集落を作ることもあった。そして、ニュー・レバノン(現在のマウント・レバノン)での集落が、シェーカー・ソサエティの総本山として各コミュニティを統治した。以下にシェーカーの設立したコミュニティを羅列する。

図2: コミュニティの設立年と解体年数 筆者作成

シェーカーの先行研究では、各コミュニティの設立年数は、上記のゴスペル・オーダー以前のものを使用しているものが多数ある。これはシェーカー・コミュニティと物体を持つ集落が、ゴスペル・オーダーが施行された数年に出来上がったことが考慮されていない。集落を持つコミュニティと持たないコミュニティでは、そのコミュニティに属する者の生活は大きく違ってくるのは容易に想像ができることで、シェーカーにとっても、シェーカーとしての生活様式というものは集落を持つ事でとても大きく変化した。朝の起床時間、ベッドからの地面への降り方、朝食のとりかた、働き方、礼拝の仕方、着る服、民芸品、使用する家具、機械、と、毎日の生活様式を彼らはデザインしていったのである。彼らにとって集落は、それを実現する為の基盤であり、シェーカー教が長年続いた理由から外せない要因であることは確かである。

1-5. 現地調査の活動履歴

9/13 マウント・レバノン・シェーカー集落跡地(ダロウ・スクール) 訪問
マウント・レバノン・シェーカー研究資料館訪問
活動内容:建物内の見学、写真撮影、資料の確認
9/14 マウント・レバノン・シェーカー研究資料館訪問
ハンコック・シェーカー・ヴィレッジ訪問
活動内容: 自身の論文と研究室の活動紹介、資料調査
9/15 ハンコック・シェーカー・ヴィレッジにて資料調査、ツアー参加
9/16 ボストン・パブリック・ライブラリーにて資料調査
9/17 ボストン・パブリック・ライブラリーにて資料調査
9/18 サバスデイ・レイク・シェーカー・ヴィレッジ訪問
活動内容: 日曜日の礼拝に参加。2人のシェーカーズと話をし、貴重な資料を入手。
9/19 コンコード・パブリック・ライブラリーにて資料調査
9/20 カンタベリー・シェーカー・ヴィレッジ訪問
活動内容: 自身の論文と研究室の活動紹介、ツアー参加、資料調査
9/21 カンタベリー・シェーカー・ヴィレッジにて資料・貯蔵物調査
9/23
-10/05
ニューヨーク・パブリック・ライブラリーにて資料調査