The Believers ゼミについて
早稲田大学建築史中谷礼仁研究室 The Believers ゼミは、2017 年から 2020 年にかけて、シェーカー教の姿を描いた歴史小説『The Believers』の邦訳を通して研究を行ってきました。
当ゼミで研究対象としているシェーカー教は、自らの教義を、生活の中でデザインによって実践していきました。私たちはこの研究を通して、現代における建築や共同体の在り方を考える示唆を得ることができるのではないかと考えています。
本研究の目的は、シェーカー教に関する文献、史料の翻訳とそれに伴う関連調査を行なうことによって、シェーカー教の実際の生活やコミューンの運営方法を詳細に復元し、シェーカー教徒におけるデザイン活動の真の意味を検討することにあります。
本ページは、数少ない日本語で参照可能なシェーカー教に関する資料の中に、これらの研究成果を加えることを目的として開設されたものです。
書誌情報
Janice Holt Giles, The Believers, Houghton Mifflin Company, 1957
本書は著者の3作目の歴史フィクション小説。18世紀末から19世紀初頭のアメリカ合衆国、ケンタッキー州を舞台に、開拓者の娘として、そしてシェーカー教の一教徒として、開拓時代の最中を生きる主人公を描いた作品。その描写は、著者本人によるシェーカー教についての文献調査や、当時は一般非公開だったプレザント・ヒル(Pleasant Hill)シェーカー教共同体への訪問調査をもとに、史実に即して創作されたもの。
ジャニス・ホルト・ジャイルズ(Janice Holt Giles, 1905-1979)
著者はアメリカ合衆国、ケンタッキー州の作家。1905年、アーカンソー州生まれ。
生涯で40回から50回ほど転居をし、国内の広域を転々としたことから、1941年よりケンタッキー州に住み、同州ルイビルの長老派教会神学校に学長秘書として勤務。1946年、本業の側ら小説の執筆を開始。アメリカ南部(ヴァージニア州、ケンタッキー州、テネシー州、オクラホマ州、アーカンソー州、テキサス州、ニューメキシコ州)の歴史・地理に明るく、同地域の開拓時代を舞台とした歴史フィクション小説を計24作発表。1979年没。
シェーカー教について
シェーカー教は1747年にクエーカー教から分裂したプロテスタントの一派。自分たちでは正式名称を「Believers of the Second Coming of Christ」と名乗っていたが、激しく身体を震わせる礼拝の様子から当初「Shaking Quakers」と呼ばれており、そこから「シェーカー(Shakers)」と呼ばれるようになりました。
シェーカー教における教義は、主に四原則である禁欲、財産の共有、罪の告白、そして俗世からの離脱に見ることができます。例えば禁欲に関しては、シェーカー教は今までの家族のあり方を批判的にとらえ、厳格な男女の非接触・独身主義を貫きつつ、男女で共同生活を行うなど特殊なコミュニティのあり方を実践しました。さらには、そのコミュニティや家族のあり方に対する考え方が、生活に溶け込んだ毎日の労働や礼拝と、そのために利用される道具や家具、建築における洗練された特有のデザインや技術へと展開しました。
シェーカー教の遺したデザインには、俗世から浮遊するように細い線で構成された家具や、回転機構を利用した発明品など、同時代に類を見ない彼らがつくりあげた生活のかたちを見ることができます。
参考:Stein, Stephen J. The Shaker Experience in America 1992, Yale University Press, pp3-10
当時のアメリカについて
シェーカー教がアメリカに渡った18世紀末当時、アメリカ各地にはイングランド、フランス、スペインからの移民が都市を形成していました。1774年にイギリスはマンチェスターを出発し、当時のイングランド領である東海岸地域、ニューヨーク州に辿りついたシェーカー教は、その後およそ20年の間に同地域に数多くの共同体を設けました。
また同時期、開拓者による開拓地の西方拡大(いわゆる西漸運動)に併せて、オハイオ州やケンタッキー州といった北米大陸中部地域にも都市が発展し始めました。シェーカー教は、これらの「新しい土地」にも自らの教義を広めるべく、19世紀初頭より同地域に進出しました。本小説では、18世紀末から19世紀前半のケンタッキー州での、開拓者の生活とシェーカー教の活動に焦点が当てられています。
当時のアメリカは奴隷制度が浸透していたこともあり、あらゆる社会的格差が個人の生活に付き纏い、大きく影響していた時代でした。また18世紀から19世紀には、民衆の多様で複雑な関係性を包含する社会において、「精神生活」を見直しはじめた人々が大規模な熱狂的回心を行った信仰復興運動(Great Revival)により、万人に共通の拠り所であった宗教も大きな転換期を迎えました。この信仰復興運動は日本ではよく知られていませんが、アメリカ文化を考えるにあたり現在でも有効です。シェーカー教は、この運動に直接的に関わることで、新たな教徒を獲得していったのでした。
物理的にも精神的にも大きな運動の最中にあったアメリカ社会を背景に、シェーカー教はその規模を拡大しながら、自らの信じる教義を実践したのでした。
参考:
亀井俊介、鈴木健次 監修、 荒このみ 編『史料で読むアメリカ文化史2 独立から南北戦争まで 1770年代-1850年代』(東京大学出版会、2005)
亀井俊介 編『アメリカ文化史入門』(昭和堂、2006年)