四日後、ベティアから返事がきた。デイヴィッドとベティアは、カッシーとサンプソン、ジェンシーを私の所有とする書類にサインしてくれていた。服の胸元に書類を押しこんでほっとした。しかし、それ以外に母からの手紙も届いていた。『四月十二日にジェイニーの連れ添いが脳卒中で亡くなりました。ジェイニーは数週間ここで過ごすために帰ってきていたけど、身の回りの整理をするために町に戻ってしまったわ。どこに住むつもりか言ってはいなかったけど、家に戻ってきてほしいと思っているわ』

 レヴィット氏は亡くなって、ジェイニーは未亡人になった。
知らせを聞いても驚かなかった。以前会った時ひどく体調が悪そうだったからだ。
でも、ジェイニーがハンギング・フォークの家に戻るかもしれないとはほとんど思っていなかった。レヴィット氏はきちんと身辺整理をしていただろうし、ジェイニーが今まで通りに暮らし続けるのに困らないだろうと思った。

 私はとにかく彼が亡くなったことを知れたら、こんな時に彼女と一緒にいられたらよかったのに。彼女はどうなるのだろうかと考え、少しのあいだ、彼女に思いを馳せた。でも私は彼女が「上院議員の妻は貨物輸送人と何か関係があるかな」と言ったのも覚えていた。しかし、彼女はもう上院議員の妻ではなかった。彼女は判事の未亡人だった。彼女があまりさみしくないといいと思った。

 ジャクソンさんの使いが戻ってきた時に対応できるように、ステファンは体調が悪いと訴えて、日曜日の夜、製材所に他の男の人たちと一緒には行かなかった。「うまくいかなかったり、助けが必要になるかもしれない。その時はすぐに対応します」と彼は言っていた。

 カッシーが私の手紙を彼に届けて返事ももらってきてくれた。「よろしい!」が彼の返事のすべてだった。彼の書いた字をじっと観察した。もちろん以前にも何度も見たことがあったが、どこか太く、傾いたその字は新鮮に映った。彼の字は強調しているかのように非常に大きく書かれていた。彼の筆跡ははっきりとしていて、読みやすかった。「よろしい」それが彼の言葉だった。私たちの計画は実際、うまくいっていた。

 カッシーとサンプソン、ジェンシーの法的な書類をブラザー・ベンジャミンに渡した際、騒ぎや面倒なことは起こらなかった。彼は新しいトラスティーのために最近建てられた小さいオフィスに私を迎え入れた。もちろん二人きりにならないように、サブリナの父親であるセス・アーノルドが立ち会った。ブラザー・ベンジャミンが眼鏡をかけて、書類を読んでいるあいだ、私はセスを観察した。彼は自分の仕事に打ちこんでいた。それぞれのファミリーがこれまで生産していた販売用の様々な種製品の収支計算書を作成する仕事だった。彼は寡黙で、動きも無駄がなく静かだったので、寛大で落ち着いていて何事も慎重に行うだろうと思っていた。彼はトラスティーに選ばれた一人で、(1) 販売用の種と麦わら帽子を持って初めて国内を回る一人となるだろうことはわかっていた。

 ブラザー・ベンジャミンが咳払いをして言った。「シスター・レベッカ、書類の日付はつい先週ですね。リチャードを彼らの主人とする書類がこれより前の日付で作られていませんか? わかっていると思いますが、日付が古い書類が優先されるので、古い書類があれば、この書類は無効になりますよ」

「これより前の日付で作成された書類はありません。」私は答えた。「リチャードの両親が彼らを譲ってくれましたが、移籍の書類は一切作成されていませんでした。書類なしにただ譲ってくれただけだったのです」
「そうですか」彼はもう一度書類へと向き直った。彼は私がどうやって書類を手にしたのか尋ねなかった。彼はもう少し先へ読み進め、間もなく紙を折りたたんで私に手渡した。「それで、あなたは彼らをどうしたいと思っているのですか?」
「リチャードは今までにカッシーとサンプソンのために (2) 奴隷解放の書類を出したことがありますか?」私は尋ねた。

 彼は首を振った。私はたいして驚かなかった。リチャードは当初は彼らを解放する気で書類を作っていたが、シェーカー・コミュニティに入った途端、彼は見るからに心変わりしていた。理由がわかった、と私は思った。書類がなければ彼らをヴィレッジに引き止めておくことができる。そしてリチャードは彼らにヴィレッジにいてほしいと思っていたのだ。もちろん、リチャードは彼らにとって何が最善か知っていると思っていた。しかし、他人にとって何が最善なのかわかる人間など存在しない。「私は三人の奴隷全員のために奴隷解放の書類を作成してほしいのです」と私は言った。「それから、カッシーとサンプソンがここにいる限り、あなたが書類を保管するのが適当だろうと思います。しかし、ジェンシーがヴィレッジを離れられるように彼女に書類を受け渡すことが私の目的です。ご存知のように、彼女とクレイトンは一緒にいることを望んでいます。もし彼女が自由になれば、自身の望みに従って、誰も彼女の行く手を遮ることはできません」
「リチャードはこのことを知っていますか?」
「最早リチャードに関わることではありません。奴隷は私の個人財産なのです。書類は私宛に作成されていて、リチャードとの連名ではありません。私の好きなように処理できるのです」
「ええ、それはもうもちろん、シスター」と彼は言った。「書類は今夜にも署名の用意ができるでしょう。ですが、あなたに警告します。このことでリチャードは怒るでしょう」
「ジェンシーの生活を不遇にされるより、リチャードを怒らせるほうがずっといいです」
「もしかしたらの話ですよ」彼は眼鏡を外して拭いた。そして携帯していた黒いハードケースにするりと入れると、ため息をついた。「私はここにある私たちの衝突すべてをなくしたいと思っています。それからマザー・アンの恵みと謙虚な心でもって皆で共に暮らしたいとも」
「マザー・アンは、 (3) 彼女の夫を上手に捨てました。それが謙虚さですか?」と私は辛辣な様子で言った。

 ブラザー・ベンジャミンは驚いたように私を見た。「マザー・アンは決して謙虚さを忘れませんでした。彼女の夫は神の恩寵を失ったつまらない人でした。彼女が人生から彼を切り払うのは当然でした」
それから私は言った。「私は謙虚さと愛をもってこうしているということを忘れないでください。ジェンシーに関する責任は私にあるし、彼女の幸福や生活の保障は私にかかっています。私は驕りに満ちた行いをしているわけではありませんし、リチャードの希望にそぐわないことをするのは気が進みません。つまり私がこのような手順を踏んだのはそうしなければならなかったからで、進んでやったわけではありません。リチャード自身のせいでこうなったのです」

 ブラザー・ベンジャミンは手をあげ、もう行っていい、と言った。「申し出は受け入れます」と彼は言った。

 

 

 ブラザー・ベンジャミンとの約束通り、私は翌日三人の奴隷全員の書類にサインをした。ブラザー・ベンジャミンがカッシーとサンプソンの書類をレターフォルダに入れるのを目にした。「彼らについて、何も問題が起こらないといいのですが」と私は言った。「もしカッシーとサンプソンがここを出たいと望んだ時には、彼らに書類が渡るようにしてください」
「何も問題は起きないでしょう、シスター・レベッカ」と彼は誓った。「我々は、預けられたものすべてをきちんと扱います」

 彼は私にジェンシーの書類を手渡した。私はジェンシーを探しに、ブラック・ハウスへ直行した。彼女は浮かない顔で皿洗いをしていたが、私を見るなり元気になった。「ミス・ベッキー!」
「座って、ジェンシー。あなたに話があるの」と私は言った。
彼女はドレスの裾で手を拭いた。「はい」と、彼女は突然のことに驚いて、目を見開いて言った。
「心配しないで」と私は伝えた。「すべて順調よ」私は書類を開いた。「それじゃあ、私がこれを読むあいだ、よく聞いていなさい、ジェンシー。この書類に何が書いてあるのかを理解するように努めて」私は彼女がわからない単語があるたびに止まって説明をしながら、書類をゆっくりと読み上げた。そして書類を読み終えると、折りたたんで、彼女に持たせた。「あなたは自由よ。もう誰もあなたを所有することも、あなたの人生に口出しすることもできない。あなたが望めば、クレイトンのところへ行けるのよ。でもね、これは重要なことなのだけど、書類を失くしてはだめ。髪に編み込んでもだめ。ボタンや蝶々を作るのもだめよ。クレイトンに会ったらすぐにこの書類を彼に渡して、安全なところに保管するように言いなさい。いい? わかったわね?」
「はい」と彼女はすぐに返した。「前にミスター・リチャードが作ってくれた時より、よくわかりました。破ったりしません。ちゃんと持っています、ミス・ベッキー。今すぐクレイトンのところに行ってもいいですか?」彼女は興奮して待ちきれない様子だった。

 彼女のお腹は二カ月もしないうちに大きくなっていて、私は彼女のその様子を見て微笑んだ。しかし彼女は、多くの白人女性がなるように、肥満で太くなってはいなかった。背中から肩にかけて、彼女は華奢なままだった。彼女の赤ちゃんは、長い黒いストッキングの途中に落ちた林檎がその縫い目を膨らましているようだった。「クレイトンに、あなたを迎えに来るよう頼みましょうか?」と私は言った。「きっとミス・アマンダが彼を、馬に乗せてよこすわ」
「時間が惜しいんです」彼女は幸せそうにくすくすと笑って言った。「それより早く帰りたいです。
森を抜けて」私は、彼女なら本当にやりそうだと思った。リチャードが彼女を連れ戻した時から、彼女ならそうするのではないかと思った。
「いいわ。行きなさい」私は彼女に笑いながら言った。「でも、ここの人たちに、ヴィレッジを離れることを伝えなさいね」
「あなたから伝えて」彼女はドアへ駆けながら言った。「もう行くから」
「ジェンシー!」私は彼女を呼んだ。彼女は再び怯えたようにこちらを見て、立ち止まった。彼女は安全に無頓着なのだと思った。ほんの少しの障害でも、彼女にとっては脅威なのに。「あなたに幸せになってほしいと言いたかっただけ。クレイトンの良い奥さんになりなさい。よく働くのよ」
「はい、そうします」
「それからジェンシー、赤ちゃんが生まれたら、私に見せに連れてきてね」と私は付け加えた。
彼女は満面の笑みを浮かべ、お下げ髪を跳ねさせながら元気にうなずいた。「はい。もう行ってもいいですか?」

 私はうなずいた。ジェンシーは後ろを振り向かなかった。解放の書類を手に、荷物も持たず身一つで、気まぐれに、子どもを愛し、蝶々を追いかけ、そして歌をうたうジェンシーは行ってしまった。

 私の手は書類を失って空っぽだった。私は空っぽの掌を見て、ひっくり返し、それからエプロンの前で手を組んだ。私も、自分を自由にしてくれる書類をどこかに見つけられたらいいのに、と思った。

 たとえ願いが心の中に浮かんでも、それがかすみがかった、半分だけの願いであることはわかっていた。自由とはどういう意味だろうか。私は何かから自由になることを望んでいたのだろうか。
シェーカーから? リチャードから? 今の生活から? あるいは、何かのために自由になりたかったのだろうか。私はどこへ行ったらいい? 私は何をすればいい? 自由、それだけでは答えにはならないのだと、私は自分に言い聞かせた。自由は目的もなくさまようことだってあるし、監獄の鎖を壊そうとするのと同じくらい報われない可能性もあるのだ。意味を持つためには、目的がなければならない。

 そうして私は思い知らされた。すべての魂は無垢な故郷を求め、希求している。誰しも心の中で、幼少時代の安心や両親と兄弟姉妹からの温かみという最高の喜びに対し、懐かしく思うのだ。成長するということは、その喜びや無垢さを失うことだ。そしてそれらは二度と取り戻せない。私たちが大人になって受け継いだおかしな世界にはその喪失を埋められるものはなく、私たちはかすんでしまった、失われた若い幸福を求めて、人生をさまようのだ。リチャードは、それを信仰の中に見出そうとしていた。ジェイニーは愛の中に。母は彼女の家の中に。西のミズーリへと向かった人々は、新しい地平に、新しい川と山々を越えた先に。シェーカーたちは、恍惚と世界からの離脱の中に、それを探し求めたのだ。その時私には、長い列をなして行進する人々の、お互いに距離を置き孤独になっている姿が見えたかのようだった。ただ共通の切望を抱え、永遠に失われて取り返しのつかない何かを追い求めるためにそこにいるようだった。

 そして私は……どこへ追い求めれば良かったのだろうか。

 

第20章訳註

(1) 販売用の種と麦わら帽子
トラスティーは、シェーカーの名前のもとに商業活動を行う法的権限を持っていた。トラスティーはコミュニティ内の商売を手伝うだけでなく、シェーカー内で作られた製品の行商をしたり、コミュニティからかなり離れた様々な場所に出張していた。

(2) 奴隷解放の書類
シェーカーでは1815年から1816年の間に、ケンタッキー州の2つの共同体(South UnionとPleasant Hill)において、長老達(elder, eldless)が奴隷解放を推奨する動きがあった。奴隷解放を説得された主人は特定の文言を羊皮紙に記入、サインさせられ、民事裁判所に書類を提出してサインを受け、書記官にその記録を取ってもらった。

(3) 彼女の夫
マザー・アン・リーは自らの意思に反して、父の弟子であるエイブラハム・スタンデリンと結婚し、四人の子をもうけた。しかし、彼らがみな幼くして亡くなったため、罪を捨て、告白し、独身を貫くことで救いの道が開かれるという確信を得た。彼女は1774年にアメリカに渡り、その渡米には夫のエイブラハムも同行したが、程なくして彼女を見捨てたと言われている。

 

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